環境アセスメント学会制度研究部会第8回定例会議事概要
著作者(文責):上杉哲郎
著作期日:平成19年12月31日
転載の可否:否
第8回環境アセスメント学会制度研究部会
日時:平成19年1月15日(月)19:00-21:00
場所:環境省第1会議室
講師:(財)計量計画研究所都市政策研究室長 矢嶋宏光氏
テーマ:わが国におけるPI(パブリックインボルブメント)の実情と課題
出席者:24名
「はじめに」
公共事業への反対運動は行政への不信感からも起きる。全国の公共事業で大きな反対につながっている例が散見できるが、この状況が望ましくないことは行政側も認識しており、この10年でPIについての通達や河川法の改正などが行われきた。欧米では1950年代以降から市民参加について試行錯誤して制度化してきたが、近頃では中国や韓国でも次第にPIの導入や制度化されつつある。アメリカの高速道路では、1950年代までは計画での市民参加はなかったが、60-70年代には環境関連法で公聴会が義務づけられるなど、一定の進歩が見られた。しかし説明会やパブコメでは計画が変更されることがほとんどないことについて、環境団体を中心に問題視しはじめた。80年代には住民との話し合いを通じて上手く事業計画を作る事例が散見されはじめ、これらの事例のエッセンスを収集したのがPI。91年の法制化によって連邦補助事業にPIが義務づけられた。現在では、様々な分野でPIが導入されている。
「PIとは」
Public Involvementの目的は、透明で客観的で公正な手続を実施し、意思決定の総合性・論理性を高め、民意を尊重すること。結果として、計画の質的向上や紛争リスクの低減が図られる。Pubicは市民だけでなく、NPOや企業といった団体も含む概念で、Involvementは、計画策定主体が積極的に参加を求めるという意味。参加による意思決定への関与は、情報提供(inform)、協議(consult)、関与(involve)、協働(collaborate)、権限付与(empower)があり、順に意思決定への関与の度合いが高くなる。ステークホルダーの関与は、広く(多数の)浅い関与から、狭く(少数の)深い関与まで多様性や多層性を持つ必要がある。参加を意味あるものとするためには、意思決定に先んじて目的・ニーズを定め、次にベストな解決策を選び、さらに改めて選んだ解決策から問題は生じないかを確認した上で決定するという手順を踏む。
「コミュニケーション理論」
合意形成にはコミュニケーションの技術が重要。「地域の自然資源を守りたい」という事が本来の利害・関心(interest)であったとしても、見えてくるのは「道路建設反対」という立場(position)だということに留意が必要。ステークホルダーの本当の利害・関心を明らかにすることが重要。また、利害・関心は実質的なものの他、プロセス上のもの、心理的なものがあり、プロセスや心理的な利害・関心への対応が不十分であることが紛争の原因となる。例えば、新聞の見出しに登場する「寝耳に水」「一方的な計画」「住民無視」などのフレーズは、プロセス上の利害・関心を表したものだと言える。住民の利害・関心を聞き出すのに、ファシリテーター(facilitator)が関わるとうまくいくことがある。ファシリテーターは当事者の立場を、利害・関心に変換する役割を担う。なお、問題解決では数の多少を根拠にすべきではない。小数派の利害・関心に対応できなくなり、少数意見を無視した結果、根深い紛争のネタとなってしまう。反対派は数を増やそうとし、政治的に使われる可能性も出てくる。
「具体的な進め方」
1)河川整備計画では
ある河川整備計画の事例では、課題を考え、目標を考え、対策を考える、というステップバイステップで計画検討を進めている。各段階で委員会や市民から意見を聞き、両方を勘案して意思決定をする。広く薄いコミュニケーション(HP、広報誌)から、狭く深いコミュニケーション(ワークショップ)まで、ステップや市民の関心に応じて対話の場を設置。多くの価値観がある中で問題認識を共有するため、それらが同時に満たされる解決策を探る様なアプローチを取る。利害・関心にもとづいて進めることで、反対・賛成の構図にならない様、工夫がなされた。
2)高速道路の構想段階では
この事例でもステップバイステップで検討を進め、その都度PIを行うことで市民意見が反映された。ルートについて市民から様々な提案がなされたため、技術的に可能なものを提示し、別途やはり市民からの意見を取り入れた比較評価の視点に沿って、ルートを比較評価するというプロセスを経た。今どのプロセスにあり現在の論点は何かについて、継続的に幅広い市民に情報提供した。賛成反対といった意見は、その理由となる利害・関心で整理し、さらにその整理で正しいかも確認することまでやっている。
「今後の課題」
紹介したのは、非常によくやっている例。しかしながらPIは単なる手続き上の制約条件と捉えられていることも事実。PIを中途半端にやると、かえって揉めることにもなりかねない。PIを上手く進めるには、計画策定者の積極的な姿勢、参加型の計画体系、財源システムとの連動、人的・時間的・金銭的に十分なリソースの確保、プロジェクトライフでのPIの評価、といった条件が揃う必要がある。
【質疑応答】
Q:PIにはゼロ案は含まれないのか。
A:実態は、ゼロ案をベースラインとして検討することで含めている。ゼロ案が含まれなければ、その事業の実施の意味や効果が示せないはずだ。
Q:行政サイドが雇っているファシリテーターは中立性が確保できるのか。
A:全てのステークホルダーに取って、意見の代弁者となることでバランスを取るのがファシリテーター。アメリカでファシリテーターが公共事業に取り入れられた時は、雇い主がだれかということで揉めることもあったが、近頃は誰の意見も公平に扱うということが認知されたため問題なくなってきている。
Q:日本では、どの計画で何を聞くのか、ということが非常に難しく、行政手続法のような書き方になってしまう。アメリカ等ではどのような標記になっているのか。
A:PI以前に計画体系が制度化されていないと、PIの対象となることすらわからないことになる。アメリカの道路事業では、道路網計画と事業段階でPIが求められる。記述のされ方は、初期段階から意思決定にかかわりを持たせなければならない、時間的余裕を持って情報提供しなければならない、コメントに対応しなければならない等々漠然としたもの。手続が適法か否かは司法の判断だが、補助を出す連邦政府がPI手続が十分か否かをまず判断する。
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